私が、安定した教員の職を辞して塾を創った理由
「なぜ、先生を辞めたのですか?」
塾を始めてから、数えきれないほど受けてきた質問です。その言葉の奥には、「なぜ、安定した未来を捨ててまで、険しい道を選ぶのですか?」という響きがあるのかもしれません。
教員生活16年。順風満帆でした。しかし、私の心にはずっと、拭えない問いが渦巻いていました。
きっかけは、定年退職された尊敬する先輩の姿でした。38年間、教育のプロとして全うした方が、年金支給までの日々をアルバイトでつないでいる。大学生に指示されながら、黙々と作業をするその背中を見たとき、雷に打たれたような衝撃を受けました。「教育のプロの終着点は、ここでいいのだろうか」と。
一方で、私は教壇から見ていました。自分の限界に挑み、たとえ浪人のリスクを背負ってでも、東京大学や京都大学に挑戦する生徒たちの、まぶしい姿を。妥協すれば楽な道を選べるのに、それでも挑むのです。
ひるがえって、自分はどうだ。
生徒には「挑戦しろ」と言いながら、自分は安定というぬるま湯に浸かっているだけではないか。挑戦する生徒たちの前に立つ資格が、今の自分にあるのだろうか。
心の中の「声なき声」が、日に日に大きくなっていきました。
そんな葛藤のさなか、2011年3月11日を迎えます。
テレビの画面越しに、豊かさの象徴であった家や車が、まるで模型のように流されていく。当たり前にあった日常と、守りたかった命が、一瞬にして奪われていく。その光景を前に、私は立ち尽くしました。
お金も、財産も、地位も、一瞬で失われることがある。しかし、どんな困難の中にあっても、誰にも奪うことのできないものが一つだけある。
それは、その人の「生き様」だと。
私は、教え子たちの心に、知識だけでなく、自分の「生き様」そのものを残したい。困難に屈せず、信じる道を切り拓こうともがく、この背中を見せたい。そう決意し、翌日、辞職願を提出しました。
しかし、現実との闘いはそこからでした。
生徒が一人も集まらない教室で、カーペットを貼り、机を運び、ホワイトボードを組み立てる。その作業の途中、なぜか涙が止まらなくなりました。「やめるんじゃなかった」「どうしてこんなことを」――後悔の念に、毎晩押しつぶされそうでした。
そんな私の元に、光が差し込みます。かつての教え子たちが、噂を聞きつけ、ポツリポツリと訪ねてきてくれたのです。「嬉しかった」という言葉では足りません。ここで諦めるわけにはいかないと、心の底から思いました。
さらに2014年、235名が競う「講師オーディション」に出場しました。本や映像に頼らず、10分間の「語り」だけで心を動かす真剣勝負。深夜に何度も原稿を書き直し、声を枯らしながら練習を重ねた末に、まさかの日本一。
自分の不安を消すための努力は、空っぽだった。本当の教育とは、目の前にいるたった一人の「君」の未来のために、命を燃やすことだ。
今、これを読んでいるあなたへ。
もし、自分の限界に悩み、未来への不安に立ち尽くしているなら。心の奥底で「変わりたい」と思っているなら。
志桜塾の扉を、どうか一度開けてみてください。
私の時間も、経験も、情熱のすべても、あなたのためにあります。あなたが本気で向き合うなら、私も全身全霊でぶつかります。あなたが涙するなら、隣で何度だって一緒に立ち上がります。
あなたの「志」が満開の桜となって咲くその日まで、
私は決してあなたを一人にしない。
それだけは、約束します。
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志桜塾 代表 長谷剛